混合されるスポーツと更生
今年の高校野球夏の大会では、ある高校の監督の記事が話題となった。
挑発的な内容だったこともあり、かなり物議をかもしたのだが、キャッチーなかき氷や携帯の話が主に取り上げられていた。
とはいえ海外のプロスポーツクラブでも、こうした禁止事例はそうめずらしくない。
かき氷のような食べ物は体調管理から忌避するチームや選手は多いだろうし、後述する大阪桐蔭高校のフランクな野球部でも携帯は禁止されていたりもする。
この高校野球部の件で考えなければならないのは、スポーツクラブが問題生徒の更生の役割を担わされている点だろう。
どちらかといえば件の記事よりも、選手や周囲の言動から伺える日常の練習や環境の方が気がかりだ。
日本では部活動にこの手の役割を期待されていることが多く、それは成果が出やすい反面、本来のスポーツ教育が担う役割とは二律背反する。
厳しいチームでは、問題行動を起こす人間は、試合や練習に参加することを拒否される。
つまり参加できないことが罰となる。
一方で更生の役割の大きいチームでは、チームを辞めることができない。
日常生活を送ることが困難な怪我にでもならなければ、強制的に参加させられるのだ。
効果的な身体を鍛えるトレーニングではなく、場合によっては心身を害する可能性の高い練習を課し、思考能力を奪う練習である。
今では表向きはどの競技でも問題視されている方法だが、こうした指導方法は、手っ取り早く効果を生むために、更生だけでなく弱小チームの手法としても一定の支持が根強く残っている。
たしかに極端な状況下で荒れた学校を立て直すような成果自体は頭から全否定されるものではないだろう。
ただ、あくまでも本来は特殊事例であることも気に留めておくべきだ。
効果を生むために成功体験、特に不良の更生というのは感動がついて回る。
そのため、この手法が他の不必要なチーム、会社や学校教育などの組織にも伝播することになる。
現在、国内で問題になっているブラック研修と同じメソッドであり、その後の正当なスポーツチームでの体験がなければ、かなりの危険も伴うだろう。
また別の見方をすれば、こうした問題生徒の指導を体育教師や部活動に負担させている状況もあり、それがこうした手法をより強めている側面もある。
登板過多を避ける複数投手の起用
前置きが長くなってしまったが、高校野球の変化についての話である。
個人的には夏の甲子園大会や古い野球部の在り方にはかなり否定的な見方をしているが、それでも次々と新しい潮流が産まれてきていることはたしかだ。
高校野球といえばエースの連投に次ぐ連投というのがひとつの風物詩であり、その影には投球過多による故障がつきまとっている。
だが、今では2人3人と複数の投手を用意する高校は増えてきている。
点差が開けば、エースが野手に周り2番手投手が登板することもそれほどめずらしいことではなくなった。
強豪なら2人以上のエース級の投手がいるチームもめずらしくはなくなった。
2015年の夏の大会では、東海大相模がエース級の4人の投手を揃えて優勝を果たしている。
この夏では、中京大中京高校の継投策は話題となった。
中京大中京は複数の投手を揃えて大会に臨んだが、初戦の広陵戦で敗退した。
リードをしながらも投手を途中で交代させたあとで逆転されたことで、この采配は大きく批判された。
1試合だけで考えると、うまくいっているものを先に動いて代えてしまうのは戦略的にもリスクがある。
だが仮に勝ち上がっていった場合は、投手の疲労を少しでも減らすことになる。
目先の勝利より、長期的な選手の体調や怪我のケアを優先することを考えられるし、それはおかしなことではない。
近年、高校野球でも投球数と肩肘のケアについての意識を持った新しい指導者が増えているのは間違いなく、今後もその流れは続くだろう。
厳しい上下関係の撤廃
もうひとつの野球部の特徴は、厳しすぎる上下関係だ。
先輩には絶対服従、後輩が付き人のような制度というのは、しばしば聞く話だ。
もっともこれが暴力沙汰の温床となり、発覚して辞退に追い込まれる高校もある。
だが、そんな雰囲気も近年、変わり始めている。
強豪で知られる大阪桐蔭高校の野球部は、練習環境こそ厳しく過酷だが、先輩後輩の上下関係がとてもゆるいことでも有名だ。
プロに進んだ選手たちも個性的な人間が多い。
また同じく四国の強豪である明徳義塾もこれまでの寮での上下関係を無くすことにした。
そのキッカケとして明徳義塾と大阪桐蔭の主将同士がチーム内での上下関係の件で意気投合した話が新聞に掲載されている。
携帯電話の普及により、互いに連絡を取り合うことが簡単になったことに加え、連絡手段がなくとも、大会や代表メンバーの合宿などで情報交換をすることが普通になっていることも大きいのだろう。
これには今の若い選手たちがライバルであっても仲間意識が強いことや、最新のトレーニングや技術に対して意識が高く情報交換を求めていることも影響しているのではないかとおもわれる。
目先の勝利への誘惑に勝てるか
だがこうした新しい潮流はやはりまだ強豪高校の一部が中心だ。
全国から各都道府県でのトップレベルの中学生を勧誘できるような高校の野球部なればこその流れであり、そうでない野球部ではまだ難しいことが多い。
たとえば投手を複数そろえるにしても、弱小チームでは難しいだろうし、強豪高校ならばそれはそれでプレッシャーが強いため、どうしてももっともよい投手の登板過多になりがちだ。
有名な野球部へのプレッシャーは当事者だけでなく、保護者や地域の住人からも強くかけられることもある。
指導者の名誉のために選手の身体のケアよりも勝利の方をより重視させてしまうこともあるだろう。
あるいは高校生に対してプロと同じような振る舞いや試合を求める人々の存在もある。
さらに組織としてのしがらみは大きな壁になる。
名門だったPL学園野球部が、問題が多発しながらもついにその組織改革ができないまま廃部となったのもその一例だ。
それでも強豪高校で成果が出れば、次第に一般の野球部にもひろがっていくだろう。
また指導者や周囲の代替わりで変わることも期待される。
少しずつではあるが、こうした流れは広まっていくに違いない。